往生寺(善光寺奥の院)6 刈萱堂と刈萱上人

信州・往生寺の続きです。

往生寺という名前ですが、刈萱上人がこの地で往生を遂げたことに由来します。

こちらは刈萱堂。

この刈萱堂も刈萱上人に因みます。


刈萱上人ですが、もとは博多の領主で加藤左衛門尉重氏と名乗っていました。


ある花見のときに、桜の花びらが自身の酒杯に散り込んだのを見て、


世の無常を悟り、妻と幼い息子(石童丸)を捨てて出家し、高野山に籠ります。

その後、14歳になった息子の石童丸は、高野山に父親が居ることを聞きつけ、


刈萱上人に弟子入りをします。


しかし、刈萱上人は修行に親子の情が入ってしまうことを危ぶみ、


高野山を一人離れ、ここ往生寺へやってきたのです。

詳しくは上記リンク先を御覧ください。


この話は説経節として世に広まり、浄瑠璃などの題材にもなっています。


一茶がこの話を気に入っていたらしいことも、すでに述べたとおりです。

ひときわ高い木があります。

緑の化け物のように見えます。

刈萱杉と呼ぶようです。

詳細はわかりませんが、かなりの古木ではないでしょうか。

かつての道標でしょうか。「右 かるかや往生寺」とあります。

こちらは松の花

勢いを感じます。

以上、往生寺でした。

ここから市街地へ下って、おなじく刈萱上人ゆかりの刈萱山・西光寺へと向かいます。

続きは後日。


どうぞ良き一日をお過ごしください。

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