ド・ロ神父記念館(旧鰯網工場)

長崎の旅、

外海(そとめ)の続きです。

出津教会堂からド・ロ神父記念館(旧鰯網工場)へ移動します。

ド・ロ神父は日々、教会堂と救助院との間を行き来しました。

その歩いた小径は「歴史の道」と名付けられています。

この地域特有の石積が続きます。

外海の地形は河岸段丘であるために、


この地の人々は古来よりこの独特な石積みの技術を用いて、


段々畑や建物を作り上げたのです。

古人の知恵ですね。

段々畑の下から仰ぎ見る教会堂。

石積と緑が心地よい小径です。

ツワブキの葉。

生命力に満ちあふれています。

こちらは雪の下

夏の季語です。

その花の形から、虎耳草とも鴨足草とも書きますが、

ややこしいですね。

こちらは酢漿(かたばみ)の花。これも難読季語ですね。

小径には累々と石積が続きます。

記念館(旧鰯網工場)が見えてきました。

旧鰯網工場。いまはド・ロ神父記念館になっています。

1885年(明治18年)に鰯網工場として建てられたのですが、


翌年からは保育所として利用されました。


働く女性たちが子どもを預けるもので、給食も用意され、当時としては画期的なものでした。

この地区は漁業で成り立ってきたため、


海難事故で働き手の夫を亡くす人も多く、


そうした女性たちが働ける場所、子どもたちを預かってくれる場を


ド・ロ神父が作ってくれたのです。

ただお金をばらまくのではなく、自立と生活の向上を手助けしたのです。


とても先進的ですね。

奥にはド・ロ神父の像がありました。

子どもたちに慕われていた姿が彷彿とされます。

記念館内は撮影禁止でしたが、とても興味深く、すばらしいものでした。


どうぞ良き一日をお過ごしください。

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