『笈の小文』を巡る 鳴海 5 天神社(鳴海城跡)・鳴海宿高札場

芭蕉の『笈の小文』を巡る旅。

旧東海道から、鳴海街道へ。

このあたりは寺社が建ち並んでいるのですが、

その街道の入口あたりに鳴海宿高札場跡があり、


当時の高札が復元してあります。

たとえば、こちらは駄賃・人足賃が記されている高札。


幕末、慶應三年(1867年)のものを復元しています。

こちらはキリスト教を禁じたもの。正徳元年(1711年)のものを復元。

こうして高札を立てることで、法令や掟を周知していたわけです。

高札場跡のすぐ近くに天神社があります。

もともと成海神社が創建された場所。現在は天神社として飛地境内社となっています。

主祭神は日本武尊


鳴海浦を見やれば遠し火高地に この夕潮に渡らへむかも   日本武尊

また、ここは鳴海城の跡でもあります。

桶狭間の合戦では、今川方の岡部元信が城を守っており、

合戦後、討ち取られた今川義元の首と引き換えに城を織田方に明け渡しました。

小さな拝殿。

こちらは芭蕉句碑。


杜若われに発句の思ひあり   芭蕉


なんと境内に芭蕉句碑が3基もあります。


ただ、いずれも新しいもので、宇佐美魚目先生の筆とのこと。

京まではまだ半空なかぞらや雪の雲   芭蕉

よき家や雀よろこぶ背戸の粟   芭蕉


いずれも鳴海で詠まれた句。


鳴海の人びとが、時代を超えて芭蕉との縁を大事にしてきたことが伝わります。

どうぞ良き一日をお過ごしください。

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